作品を購入しだして、一度はハマるのが版画。心斎橋にあるヨシアキイノウエギャラリーで開催中の『現代木版画展 摺師・戸田正氏を偲んで』(七日まで)に行ってきた。軽快に階段をトントンと上がると、フランチェスコ・クレメンテやロバート・クシュナーなどの色鮮やかな木版画が並んでいた。
「クレメンテの『私』(一九八二年)、このにじみ具合いがクレメンテやねんなぁ。Ed(エディション)は?・・・百かぁ。・・・んっ?、何やこの十四版四十五色って??」と悩んでいると「これは版が十四枚で色を四十五色使って摺ったということなんです」と説明してくれたのは、ギャラリーの井上さん。それで摺師の戸田正さんを偲んでかぁ。
戸田正さん(一九三六 - 二〇〇〇年)は、京都の紫雲堂版画工房の四代目。写楽の作品の修復などを手掛けていたが、ある日、米国のクラウン・ポイント・プレスから、パット・ステアの作品を木版画にしてほしいという依頼が舞い込んできた。
「"作品は作家・摺師・彫師とのコラボレーション"という米国の考え方が、クリエィティブな仕事をしたいという戸田さんにピタッとあったんです」。画廊内には、筆やバレンなどの七つ道具も展示してある。「地震があった時、真っ先にこのバレンを持ち出したみたいですよ」と井上さんが話してくれたことに対して、『自分やったら、のど飴かなぁ』と考えてしまった私は、根っからの"ええ声師"なのだろうか・・・?
気を取り直し「上もどうぞ」と案内されたところは、チャック・クロースの『レスリー』(一九八六年)が展示されていた。「ドットがカラフルやなぁ。これ何版やろ・・えっ、五十一版!?edが百五十やから・・・、七千六百五十回以上摺ってんの! すげぇー!!」。
横には、途中経過の四枚と、舟越桂の作品の版が展示してあり、戸田さんのしなやかな動きと息遣いが伝わってくるようだ。私は改めて作品を見て回り、作家名とは別に書かれている左下の文字を見付け、胸が熱くなった。そこには通常書かれることのない摺師『戸田正』の名が記されていた。